2020年9月20日、俳優の藤木孝さんが亡くなったと報道されました。
死因については現在調査中とのことですが、現場の状況から警視庁は自殺とみて調べているようです。
80歳にして自ら命を絶ったのには驚きです…。
悲しみに包まれる中ですが、今回は藤木孝さんの若い頃について気になったので調べてみました。
調査してみるとめちゃくちゃイケメンであったことが判明。
しかも歌手でもあり俳優でもあったことにも驚きでした。
藤木孝の若い頃
藤木孝さんと言えば、俳優として認識している方もいるかと思いますが、昔は歌手でもある方でした。
これまでに数々のヒット曲を出しています。
もちろんドラマ・映画にも非常に多くの作品に出演されてきました。
今回はそんな藤木孝さんの若い頃の作品についてまとめています。
【歌手】藤木孝の若い頃の画像と動画
歌手としての藤木さんは以下のような楽曲が有名です。
「レージィ・ギター」「踊れツイスト」

「ツイストNo.1」

「ママのツイスト」

「24000のキッス」

これら以外にもヒット曲は多くあります。
藤木さんは歌唱力とダンスを活かし、1960年代前半には「ツイスト男」の異名で当時のツイスト・ブームを牽引したと言われています。
曲名に「ツイスト」と入っているのも特徴のです。
写真を見ても分かりますが、若い頃の藤木さんはこんなに顔立ちが整っていてイケメンだったんですね。
【俳優】藤木孝の若い頃の画像と動画
藤木孝さんは俳優として映画・ドラマと非常に多くの作品に出演しています。
より昔の藤木孝さんの若い頃の画像をまとめました。










やはりイケメンですね。
特に横顔がとても美しいです。
また、一番最初に出演された映画は1961年の「狂熱の果て」ですので、当時21歳です。
その頃から芸能界で活躍してきたと考えると、偉大な方がまた1人亡くなってしまったという思いです。
心よりお悔やみ申し上げます。
藤木孝のプロフィールと経歴
ここからは藤木孝さんのプロフィールと経歴をご紹介します。
藤木孝のプロフィール

名前 | 藤木孝(ふじきたかし) |
本名 | 遠藤 與士彦(えんどうよしひこ) |
生年月日 | 1940年3月5日 |
出身 | 静岡県富士宮市 |
身長 | 173cm |
体重 | 65kg |
職業 | 俳優・歌手 |
活動期間 | 1959年〜2020年 |
藤木孝の経歴
藤木孝さんは、東宝芸能学校卒業後の1959年に歌手として渡辺プロダクションと契約しました。
ヒット曲は前述した通りですが、以下のような楽曲があります。
- 「レージィ・ギター」
- 「踊れツイスト」
- 「ツイストNo.1」
- 「ママのツイスト」
- 「24000のキッス」
それからわずか3年後の1962年、歌手引退を表明して事務所社長の反対を押し切って渡辺プロを退社しました。
同年、俳優へ転身するために文芸プロダクションにんじんくらぶに入ります。
演技を基礎から学ぶため文学座の研究生を経て、1966年には劇団欅の結成に参加されました。
また、悪役から刑事までこなす俳優として、映画やテレビドラマでも数多くの作品で活躍しました。
その演技力を認められ、以下のような賞も受賞されています。
- 1986年:第12回菊田一夫演劇賞
- 2003年:第38回紀伊國屋演劇賞個人賞
- 2005年:第45回ACC CMフェスティバル演技賞
それからまた事務所の移動があり、ホリプロへと移籍しています。

因みに過去に渡辺プロダクションに所属していた人物が、ホリプロへ移籍することは非常に珍しい事例とのことです。
2020年9月20日未明に、東京都中野区の自宅で帰宅した息子さんが亡くなっている藤木さんを発見。
死因は自殺とのこと。偉大な人物が80歳でこの世を去ってしまいました。
藤木さんといえば直近でいうと以下のような作品で知っている方もいらっしゃるのではないでしょうか。
■シン・ゴジラ(2016年)


■仮面ライダーアマゾンズ THE MOVIE 最後ノ審判(2018年)

この頃は70代後半。
ですがまだまだ俳優としての藤木孝さんが見られると思っていました。
しかし今回まさかの自殺という可能性が強いとのことで衝撃です…。
心よりお悔やみ申し上げます。